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名湯【下呂温泉】飛騨商人のふるさと

名湯【下呂温泉】飛騨商人のふるさと

こんにちは、ワカマツです。

いわずと知れた日本三名泉のひとつ「下呂温泉」、山間に湧き出る泉温は最高84度にも達し、日本でも有数の高温湧出量を誇る名湯として知られています。

私がこの温泉郷を初めて訪れたのは今から23年前、諏訪湖のほとりに栄える下諏訪温泉に宿をとり、塩尻峠を越え、木曽路へと入り、妻籠・馬籠を見てまわり、中津川の手前から木曽川を渡り、下呂へと入って行きました。

山間に宿る温泉郷は、いかにも日本の温泉を象徴するかの如く、静かな川の流れの中で、たたずんでいたことを思い出します。

今回は、飛騨の山里に広がる名湯、「下呂温泉」の歴史と、そこから旅立っていった飛騨豪商の歴史をたどっていきます。

◇下呂の歴史

■下呂温泉の開湯伝説

下呂温泉はJRで行くと、名古屋から高山本線で約2時間、益田川を見ながら深い谷間を分け入った山間に位置する温泉郷、下呂駅で列車を降りると、ホームの中央に噴水に似た温泉塔が湯けむりをあげ、観光客を迎えてくれます。

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さて、駅舎を出て、長い下呂大橋渡る途中、左側の河川敷には、下呂温泉の象徴のひとつともいえる噴泉地が見えてきます。

360度丸見えの露天風呂は、いかにも動物たちのいやしの泉にも見えてきますが、なかなか勇気のいる温泉釜であることは間違いないでしょう。

現在では、水着をつけて入浴する規則になっていますが、足湯としても利用でき、飛騨川の流れを目の前にして、それに広がる温泉郷を一望できるのも、この場所ならではの風景かもしれない。

飛騨川河川敷の噴泉地

また、河原に温泉井戸が林立していますが、これらの源泉から湧出する湯量は多く、集中管理して、各旅館やホテルにそして共同浴場にと、さらには病院へと配湯しています。

下呂は、東の「草津温泉」(群馬県)の黄湯、西の「有馬温泉」(兵庫県)の赤湯とあわせて、「日本三名泉」に数えられ、透き通って濁りのないアルカリ性単純泉の湯が豊富に湧出しています。



温泉の発見は古く、およそ千年前と伝えられています。

開湯伝説は次のとおりですね。

最初は温泉街の東方、湯ヶ峰(標高167m)に噴出していたが、ある日、突然に湯が止まってしまったという。

ところが、その後、足に傷を負った一羽の鷺が、どこからともなく飛んで来て、益田川の湯ヶ渕近くに舞い降り、何日もその場を離れようとはしなかった。

白鷺が傷を治し、元気に飛び立ったあと、不思議に思った村人が湯ヶ渕へ来て見ると、川床から熱湯が湧きだしていたとう。

ここにはそんな開湯伝説が残されています。

日本には鷺が発見したとされる温泉は多く、例えば、中山温泉(石川県)・浜村温泉(鳥取県)・湯郷温泉(岡山県)・道後温泉(愛媛県)・武雄温泉(佐賀県)があげられる。

さて、温泉の源泉を教えてくれた白鷺は、村人が湯元を知ると空高く舞い上がり、中根山中腹の松の大木に羽を休めた。

村人がその地に行ってみると白鷺の姿は見えず、松の大木の根元に光輝く薬師如来が鎮座していた。

これが温泉寺の由来ですね。

下呂温泉寺

この温泉寺は臨済宗妙心寺派に属し「醫王霊山温泉寺」という瑠璃光薬師如来様を祀るお寺です。

下呂富士と呼ばれる中根山の中腹に建ち、創建は寛文十一年(1671)。

それまでは「湯島薬師堂」とよばれ、その記録で最も古いものは、永正四年(1507)の薬師堂鐘銘である。(「金石款識」「日本古鐘銘集成」による。)とされています。

石段を登ると眼下に温泉街が広がり、まるで下呂温泉郷をこの薬師如来が見守るように立っています。

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■下呂出身の飛騨豪商

武川久兵衛の墓

石段の中ほどに、北海道開拓史で知られる江戸時代の豪商、「飛騨屋久兵衛」こと「武川久兵衛」の墓がひっそりとあります。

開拓精神にあふれた久兵衛倍行(ますゆき)は、元禄15年(1702)、当時、蝦夷と呼ばれていた北海道に渡り、蝦夷松などの森林伐採に着手。

のちに海運業を興し、木材のほかに海産物も船に乗せ、江戸や大阪の市場へ運び、帰りには米や酒などの諸物資を積んで事業を繁栄させました。

飛騨屋は倍行以後四代にわたりおよそ90年間続き、下呂の楢本を本店として、江戸、大阪、京都、大畑、松前、秋田、宗谷に店を構え、木材の伐採搬出事業に加えて、蝦夷の海産物と内地の産物との交易事業を展開しました。

その足跡は樺太まで及ぶという下呂の生んだ傑物でした。

こうした飛騨屋の事業は、北海道の開発に先駆的な役割を果したばかりでなく、松前藩の財政運営や江戸時代中期の日本経済の発展にも大きな功績を残しました。

初代久兵衛は、享保13年(1728)、55歳で没しましたが、二代、三代と順調に事業を繁栄させ、四代目久兵衛のとき、森林伐採・漁業権を握る松前藩の藩政上の都合などによって事業を打ち切り、先祖の故郷である飛騨の湯之島村(現在の下呂市)へ帰ります。

そして、湯之島村周辺六カ村を束ねる名主となり、下呂の発展に多大な影響を及ぼし、貢献したといわれています。

また、初代飛騨屋久兵衛の父、武川久右衛門倍良が、萩原・禅昌寺八世剛山和尚を中興開山に迎え、再興した寺が下呂温泉寺あるといわれています。

飛騨屋久兵衛のことは、「下呂温泉ふるさと歴史記念館」に詳しいことが展示されています。また、武川家一族の墓は古文書とともに、県の文化財にしてされています。



◇下呂温泉の名所観光

■下呂温泉合掌村

温泉寺をあとにして、弘法山の中腹にある「下呂温泉合掌村」を訪れます。

御母衣(みほろ)ダム建設で水没する、奥飛騨の白川郷から移築した合掌造り民家が10棟並ぶ集落で、そのうちの一軒、旧大戸家は国の重要文化財に指定されている民家や国登録有形文化財の旧岩崎家などがあり一部博物館となっています。

他にもお食事処「合掌茶屋」、陶芸や陶器の絵付け、和紙の絵漉きなどの体験施設「飛騨工房」もあります。

また、「民俗文化資料館」があり、農具・漁具・日用品・飛騨屋久兵衛の蝦夷開拓資料、円空仏などが展示されています。

この円空仏は見たことがありますが、とくに荒けずりで素朴な表情の円空仏は親しみが持てますね。

さて、この村の中にもうひとつ「竹原文楽博物館」があります。

「竹原文楽」すなわち人形歌舞伎の常打ちですが、ここでは下呂町に生まれた洞奥一郎(ほらおく)さんが、ひとりで100体もの人形を操っていました。

もちろん制作も一人でこなしており、一体一体に命を吹き込むかのように作っていたということです。

現在では後継者もいなくなり、博物館にひっそりと眠っています。

たしか、レパートリーは約35種類ほどあり、「壺坂霊験記」・「野崎村」・「太閤記」などが主な出し物だと聞きました。

竹原文楽は日本の文化だと思うし、後世に歴史ある価値を伝えるためにも、大切に保存していかなくてはなりません。

下呂温泉合掌村 基本情報

場所    岐阜県下呂市森2369

営業時間  8:30〜17:00(12/31、1/1、2は9:00〜16:00)

利用料金  入場料金:大人800円 小中学生400円 

      (団体30名以上 大人720円 小人360円)

駐車場   200台(入場者は無料)

問い合わせ先 下呂温泉合掌村 TEL 0576-25-2239  

               FAX 0576-25-5304 

■下呂温泉 下呂発温泉博物館

温泉を科学と文化の両面から紹介する全国でもめずらしい温泉専門の博物館です。私も各地の温泉郷を訪ね歩いていますが、温泉専門の博物館は聞いたことがありません。

地元の木材を使った蔵造りがとてもいいですね。

博物館の概要としては、「温泉の科学」・「温泉の文化」・「ようこそ下呂温泉へ」・「おもしろ温泉チャレンジ」に分かれていて、体験型の施設でもあります。

また、道を挟んで駐車場や足湯も完備されていて、さながら温泉に特化した観光施設ですね。

●下呂温泉 下呂発温泉博物館基本情報

場所     岐阜県下呂市湯ノ島543-2

営業時間   9:00〜17:00

利用料金   大人(中学生以上)400円、小人(小学生)200円 

       団体10名以上1割引

駐車場    中央駐車場20台 1時間無料 1時間を越えて7〜19時/30分100円 

       19〜7時/60分100円

問い合わせ先 下呂発温泉博物館  TEL 0576-25-3400 

 

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■まとめ

下呂温泉の歴史は古い。江戸時代初期の儒者林羅山が日本三名泉と折り紙をつけているように、昔も今も湯量は豊富で、年中賑わいを見せている温泉郷です。

各ホテル・旅館では贅を尽くした露天風呂を備えており、日帰り温泉施設も充実しています。

また、湯めぐり手形などを発行し温泉を少しでも満喫してもらうイベントもあり、熊本の黒川温泉ともども、人気を博しているようです。

さて、岐阜の名物料理といえば、やはり「鶏ちゃん」、勝手に決めていますが、下呂温泉に立ち寄った時、初めて食べました。

下呂温泉街の食堂やレストランでも当たり前のようにメニューに組み込まれており、岐阜のソウルフードだと感じています。

岐阜県民なら誰でも知っているし、誰でもたべてるよ、といわれ、食して見たら、ほんとに旨い、鶏肉とキャベツだけのシンプルな材料ですが、甘辛いたれがけっこう効いていて、ご飯にもビールにも相性がよく、食が進みました。

一度食べてみると、そのおいしさがわかります。岐阜に行った際は是非どうぞ!

帰り道、最後に立ち寄ったのは下呂駅からタクシーで北へおよそ10分ぐらいだったと思いますが、飛騨の名刹のひとつに数えられている「龍沢山禅昌寺」(りょうたくざんぜんしょうじ)、臨済宗妙心寺派の由緒ある禅寺です。

広大な寺域には勅使門、大方丈、円通閣など数多くの建物が立ち並んでいました。

心字池を中心に木石の配置した庭園に妙があります。雪舟の達磨絵など美術品も数多く、観世音菩薩像は室町彫刻の典型で、7年に一度の開扉という秘仏があります。

今日は最後までお読みいただきありがとうございました。

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